手袋職人ブログ

2007年02月

先月から時期的なものでスキー手袋で検索&ヒットしてくる方々が多くなった。

  そ
    こ
      で

ここ最近のスキー手袋の状況を私の知る限り書いてみようと思う。

もともと私は主に本革スキー手袋の製造に携わってきました。
下請けってやつです。
YAMAHA、GOLDWIN、DESCENTE、ミズノ、ロシニョールなどなど数多くのブランドスキー手袋を作ってきた。
そう言えばあの頃は、平気で偽ブランド品も作ったりもしていた。

1987年11月
原田知世主演の映画「私をスキーに連れてって」が放映されてから、
一気にスキー人気が加速
バブルと共にスキー業界は隆栄を極めた。

しかし1992年頂点に
バブルが弾けてからスキー人口は衰退の一途をたどり
今スキー場では、土日の週末でもリフト待ちがない状態になりつつある。

もちろんスキー手袋の業界も同じで、
バブルが弾けてからデフレが進みスキー手袋の製造も賃金の安い中国などへシフトしてしまった。
それも一気にである。
ある日、昨日まであった仕事が今日は無くなったのである。

地場にはスキー手袋製造の下請け同業者が何件もあった。
しかし、その日を境に廃業・倒産・業種変換と相次ぎ、今ではスキー手袋を作れるところは無くなってしまった。

私たち下請けがあると言う事は元請もあると言う事で、
バブル景気に踊らされた元請は、隆盛を極めた頃に各社挙って新社屋建設した。
松○産業、蠱罅、ナガ○○社などなど、バブルが弾けてからはそのツケのお陰で、元請も倒産・廃業、はたまた銀行管理になったりしているのである。
以上が、スキー手袋業界の現状と言えよう。

今日はここまで、
次はスキー手袋の形態について書きます。

八ヶ岳24昨日、急ぎの仕事がやっと片付いた。
ワンオフのオーダー物も手付かずで放りっぱなしだった。

この手袋も八ヶ岳の時にオーダー頂いた物で、
約一ヶ月お待たせしてしまいました。